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シュヴァリタ?レイリタ?
まあシュヴァは病んでるよねってだけの話。
『私』がリタを殺す夢を見た。
最早二人だけの舞台と成り果てた、広間を彼女一人が駆け回る。
後衛の彼女だけが、幸か不幸か生き延びてしまった。
彼女を守るものも、私の行く手を遮るものもないこの場で彼女が唯一できることといえば、逃げ回ることだけ。
先程まで盛んに彼女を援護していた仲間は、全て地に伏せぴくりとも動かない。
私が彼らを斬り捨てた。
そして今から最後の一人を、斬る。
むせ返るほどに充満する濃厚な血と、死の香り。
ああ、たまらない。
勝負は既に決し、私にとって見ればこの行動は悪あがきだというのに、それでも彼女の瞳に諦めは浮かばない。
今もどう動くべきか、めまぐるしく変わる戦闘の中で思考を必死に回転させているのだろう。
それでこそ彼女が彼女たるゆえんか。
彼女が十分に距離を取って詠唱の体勢に入る。
刹那の思考。
道化が仲間として彼女らと行動していた間の戦闘記録。
詠唱の内容から推測される魔術、種類、要する時間、そして導き出される結論。
―――間に合う。
指示に従い石畳を駆け抜け、一気に距離を詰める。
3、2、1。
一気に踏み込んでから振りあげた剣戟に、詠唱を中止して逃れようとするが―――遅い。
一撃。
辛くも避けられた。
更に踏み込み追撃。
数箇所を浅く切り裂く。
反撃。
彼女のとっさに放った術が発動し、意識をそちらに向けた隙に逃げられる。
忙しい息が彼女の唇から漏れる。
至る所から滴る彼女の生命の滴が痛々しい。
震える手でグミを一つ口に放り込んだ。
それが最後の一つ、そうだろう?
体力の無い彼女が、ここまで私の攻撃から生き残っていること事態が僥倖と呼べるもの。
名残惜しいが、彼女との楽しかった遊戯も終わりの時間だ。
遥か彼方から、揺れと共に瓦礫が崩れる音がしたのは、いつごろだっただろうか。
それはだんだんとこちらに向かって近づいてきて、規模を増していく。
轟音。
揺れる床。
崩れ落ちる天井。
頭を過ぎったのは意外と早かったな、という感想と、音に少女の詠唱がかき消されるのが勿体無いという感傷だった。
捨て駒にされることは、うすうす気が付いていたから別にどうということもない。
野望が叶いつつある今では、かつて生きていた頃のように、意思を持ち始めた道具など邪魔なだけだろう。
私の心の揺れ動きに、もしかしたら彼の人は私よりも正確に捉えていたのかもしれなかった。
主にとって最早私は不要なものに成り果てた。
だからこそここで、私と彼等を同時に消すのだろう。
どちらが勝っても両方を始末できる抜け目ないその計略は、主らしいえげつなさと言うべきか。
かつてあれだけ情の深かった人は、いつしか容易に切り捨てられる人間になっていた。
しかしそれも亡者、いや道具にはどうでもいいことだ。
主が望む通りに、壊れるのも道具としての使命だろう。
しかし、私の手で彼女の最期は終わらせよう。
誰にも、その役目は譲らない。そう誰にもだ。
揺れる床に脚を取られ転倒した彼女にまで、再び距離を詰めた。
近づく私に気付いた彼女は、咄嗟に下級の魔術を発動させるが、それは降ってきた瓦礫にぶつかり消えていった。
その小さな胸に向かって剣を、突き立てる。
ぞぶりと、肉の食い込む感触。
溢れ出すどす黒い朱。
血を吐いてその場に崩れ落ちる彼女。
可哀想に、狙いが心臓より幾分かずれてしまった。
即死できないが、これは致命傷だろうとすぐにわかった。
それでも、血を吐きだしながらもこちらを力強く睨みつける君を見て、愛しいと素直に今なら思える。
地に伏せた彼女を抱きとめた。
私を押し退けようと弱々しい抵抗をするが、その力さえもすぐに失ってしまった。
私の腕の中で命の灯火がゆっくりと消えていく。
そして遂に彼女の目から光が消えて、ああ死んだのだと理解した。
水滴が頬を伝う。
彼女の血しぶきが散ったのか。
それにしては暖かなソレは次から次へと流れ、止まることは決してない。
不思議なものだ。
見開いた目を掌で覆いそっと閉じさせた。
安らかとまでは言わないが、苦悶の表情には見えないのが救いかもしれない。
瓦礫でできた、立派な棺桶。
仲間だった人間の死骸に囲まれて、そして腕の中には愛しい女。
死人には過ぎた終わりだな、なあ道化
お前には渡さない。
このまま私たちは朽ちていくよ。
主(あるじ)よ感謝します。
あなたにとってはただ、使い古した道具を処分しただけでしょうが、それでも言いたいのです。
あなたのおかげで、私の最期は----幸せです。
彼女にする、最初で最後の口づけは、血の味だけがした。
「・・・リタ」
あいしてる。
「・・・良い夢はみれたか?シュヴァーン」
広いベッドの中で、寝ころんだままレイヴンは呟いた。
隣に目を向ければ、あどけない顔で眠る少女の姿があった。
昨晩のレイヴンに見せた狂乱の中のとは打って変わって、無垢と呼べるその表情はなにもかもをレイヴンに任せているように思えた。
夢、と呼ぶには少々生々しいものだった。
きっとあれはもう一つの現実。
ありえたかもしれない未来。
片割れが望んでいた夢。
彼の望みは無に還ること。
できることなら、惹かれていた光そのものと一緒に。
だが現実は、道化が生きている。
死者は負けた。そういうことだ。
死人よ。死に場所を求めた哀れな男。
叶わなかった、夢を抱えて眠れ。
朽ちた神殿の奥深く。
道化の胸の奥深く。
目覚めることのないように、深く深く沈ませよう。
もう二度と本当の意味でシュヴァーンが現れることはないのだ。
今のシュヴァーンは、実際はレイヴンが模倣しているだけに過ぎない。
勿論、それはレイヴンにしかわからない感覚だ。
狂人の思いこみにすぎないのかもしれない。
ただ、レイヴンにとってはシュヴァーンはあの日死んだのだ。
朝日に顔を照らされて、ゆっくりとリタの瞼が開く。
「おはよう」
光に目を細める愛しい女に、レイヴンは優しく微笑んだ。
奇しくもそれは、夢の中の男が最期に見せた笑みにそっくりだった。
「・・・おやすみシュヴァーン」